2006年9月 6日 (水)
【訃報】アストリッド・ヴァルナイ死去
【ミュンヘン発】ワーグナーやR.シュトラウス作品のドラマティック・ソプラノとして20世紀中葉に大活躍した歌手、アストリート・ヴァルナイが9月4日、ミュンヘンの病院で亡くなった。88歳だった。
ハンガリー人歌手を両親に持つヴァルナイは、1918年のストックホルム生まれ。41年ニューヨークのメトロポリタン・オペラでデビュー後、ロンドン・コヴェントガーデンなどでも活躍。43年アメリカ国籍取得、51年初のアメリカ人としてバイロイトにデビューした。以後68年まで毎年バイロイトのステージに立ち、バイエルン州立オペラの常連歌手でもあった。
ヴァルナイは55年からミュンヘンに住み、67年にはバイエルン・カンマーゼンガーの称号を贈られていた。
(来住千保美)
9月 6, 2006 訃報 | Permalink
2006年7月 2日 (日)
【訃報】ジュメーヌ・ムニエ/ピアニスト
ピアニスト、また指導者として、日本人ピアニストを数多く育てたジュメーヌ・ムニエが2日までに、パリで亡くなっていたことが分かった。日本の音楽関係者に入った連絡によると、亡くなったのは6月26日。86歳だった。ムニエはパリ国立音楽院、エコール・ノルマルの教授を務めるなど、フランス・ピアノ教育界の重鎮。大阪国際コンクールの名誉芸術監督を務めていた。
7月 2, 2006 訃報 | Permalink
2006年6月19日 (月)
【訃報】佐藤功太郎/指揮者
指揮者で東京芸術大学教授の佐藤功太郎(さとう・こうたろう)氏が15日、十二指腸がんのため亡くなった。62歳だった。葬儀は18日午後1時、東京都台東区上野公園14の5の寛永寺輪王殿で行われる。自宅は非公表。連絡先は中央区銀座8の6の25の梶本音楽事務所。喪主は妻ルリさん。
佐藤氏は東京生まれ。幼少の頃からヴァイオリンを始め、その後、クラリネット、作曲、声楽を学んだ。東京芸術大学指揮科で渡邊暁雄に師事した後、1968〜70年まで米国政府フルブライト留学生としてボストンのニューイングランド音楽院に留学した。75年には再びベルリンに留学。ヘルベルト・フォン・カラヤンをはじめとする指揮者の下でさらに研鑽を積んだ。帰国後は群馬交響楽団、京都市交響楽団、新星日本交響楽団、神奈川フィルハーモニー管弦楽団の常任指揮者、首席指揮者などを歴任。亡くなるまで東京芸術大学音楽部指揮科教授を務めていた。
6月 19, 2006 訃報 | Permalink
2006年6月15日 (木)
【訃報】ニコライ・コレッサ/作曲家
【モスクワ発】ウクライナの作曲家ニコライ(ウクライナ風にはミコラ)・コレッサが老衰のため、6月8日にリボフで亡くなった。102歳だった。彼はブルックナー門下で民族音楽学者となったフィラレト・コレッサを父に持ち、1903年(ハチャトゥリヤンやムラヴィンスキーと同年)ウクライナで生まれ、生地の音楽学校を経てプラハとパリに留学、ヴィーチスラフ・ノヴァークに作曲を師事した。1931年に帰国して、リボフ音楽院で教鞭をとり、同市のオーケストラやオペラ・バレエ劇場の指揮者も務めた。
作品には2篇の交響曲、ウクライナ組曲、3つの管弦楽組曲をはじめ、ピアノ曲や合唱曲、映画音楽まで数多い。「指揮テクニックの基礎知識」などの著書でも知られ、ウクライナには彼の名を冠した国際指揮者コンクールもある。90歳まで作曲を続け、百歳の時に「ウクライナ英雄」の称号を与えられた。3年前に脚を痛めてから車椅子生活を送っていたが、近年は眼と手も病んでいたという。
6月 15, 2006 訃報 | Permalink
2006年6月13日 (火)
【訃報】ジョルジ・リゲティ/作曲家
作曲家のジョルジ・リゲティ(83)が12日朝、長い闘病生活の後にウィーンで亡くなった。数多くの作品のうち、一般的には1978年にザルツブルク音楽祭で初演されたオペラ《グラン・マカーブル》=ピーター・セラーズ演出、スタンリー・キュブリック監督が映画「2001年宇宙の旅」で使用した《アトモスフェール》などが知られている。ウィーン市は名誉墓地を提供する予定。
リゲティ1923年、ルーマニア・クルージュ生まれ。両親はユダヤ系ハンガリー人で、早くから音楽的才能を発揮したという。しかし、ナチス・ドイツ時代に父親と兄弟を強制収容所で失った。戦後はハンガリーの社会主義政権の下で作曲活動を続けたが、56年のハンガリー動乱の際、オーストリアに亡命。「書きかけの楽譜と歯ブラシだけを持っての逃亡だったという。西側に移ってからはピエール・ブーレーズ、カールハインツ・シュトックハウゼン、ルイジ・ノーノたちとの交流、共同作業が実現。アヴァンギャルドと伝統の間に位置しながら、現代音楽のキーパーソンとして活躍を続けた。
オーストリア国家大賞(1990)、高松宮記念世界文化賞(1991)、ユネスコ音楽賞(1997)、シベリウス賞(2000)、アドルノ賞(2003)、ポーラー賞(2004)、フランクフルト音楽賞(2005)など受賞多数。
6月 13, 2006 訃報 | Permalink
【訃報】岩城宏之/指揮者
日本を代表する指揮者の一人、岩城宏之(いわき・ひろゆき)氏が13日午前0時20分、心不全のため東京都内の病院で死去した。73歳だった。葬儀は故人の遺志により、親族のみで行う。7月にお別れの会が開かれる予定。
岩城氏は東京生まれ。東京芸術大打楽器科在学中に学生オーケストラを作って指揮を始め、近衛管弦楽団のティンパニー奏者を経てNHK交響楽団副指揮者となり、1956年に指揮者としてデビューした。60年にはN響初の世界一周演奏旅行に同行して脚光を浴びた。その後、ウィーン・フィルの定期演奏会を日本人として初めて指揮したほか、ベルリン・フィルなど世界のトップ・オーケストラに客演を続け、69年にオランダ国立ハーグ・フィルの常任指揮者、73年にメルボルン交響楽団の首席指揮者に就任した。特にメルボルン響との縁は深く、94年には氏の名を冠した「イワキ・ホール」も誕生した。
日本での活動では、75年に札幌交響楽団の正指揮者に就いたほか、「日本にも本格的な室内管弦楽団を」と呼びかけ、オーケストラ・アンサンブル金沢創設に参画、その後、亡くなるまで音楽監督を務めていた。また、現代音楽の演奏にも傾注、邦人作曲家の初演を数多く手がけた。87年に頸椎(けいつい)の難病を患って以来、さまざまながんで20回以上も手術を受けながら指揮を続け、一昨年からはベートーベンの交響曲全9曲を大みそかから未明にかけて1人で指揮するなど精力的な活動を展開していた。
紫綬褒章、日本芸術院賞、中島健蔵音楽賞、サントリー音楽賞など授賞多数。また、文筆家としても知られ、「フィルハーモニーの風景」で日本エッセイスト・クラブ賞を授賞。軽妙なエッセーを書き、また歯にきぬ着せぬ発言で音楽界のご意見番的な存在でもあった。
今年に入ってからは、5月24日に都内で行われた東京混声合唱団の創立50周年記念コンサートで元気な姿を見せたものの、月末になって入院。28日には東京フィルを指揮して没後10年を迎えた盟友の作曲家、武満徹の作品を指揮する予定で、26日のリハーサルへ車いすで現れたが、めまいを訴えて指揮を断念していた。
6月 13, 2006 訃報 | Permalink
2005年11月23日 (水)
【訃報】ジェームス・キング/テノール歌手
【ウィーン初】テノール歌手のジェームス・キングが11月20日、
アメリカで死去した。80歳だった。キングは1925年、カンサス州
生れ。ヴァーグナーやシュトラウスなどのドイツ物を得意とし、ウィー
ン国立歌劇場、ニューヨークのメトロポリタン歌劇場、ミラノ・スカラ
座をはじめ、ザルツブルクやバイロイト音楽祭などで活躍した。国立歌
劇場には63年にリヒャルト・シュトラウス〈ナクソス島のアリアド
ネ〉のバッカス役でデビュー。92年9月にベートーヴェン〈フィデリ
オ〉のフロレスタン役で舞台を去るまで、366公演に出演して23の
役を歌った。国立歌劇場の名誉会員で、宮廷歌手でもある。
[関連サイト] ウィーン国立歌劇場
http://www.wiener-staatsoper.at/
11月 23, 2005 訃報 | Permalink
2005年9月18日 (日)
【訃報】野口幸助/関西芸術文化協会名誉会長
関西芸術文化協会名誉会長を務めていた野口幸助氏(のぐち・こう
すけ)が17日午前1時57分、腎不全のため兵庫県内の病院で死去
した。86歳だった。葬儀・告別式は19日午後1時から大阪府吹田
市桃山台5の9、公益社千里会館で行われる。喪主はソプラノ歌手で
妻の樋本栄(ひもと・さかえ、本名野口栄=のぐち・さかえ)さん。
野口氏は奈良市出身。戦前からクラシックの音楽マネジメントを手
掛けた。1947年、指揮者の故・朝比奈隆氏が関西交響楽団(大阪
フィルハーモニー交響楽団の前身)を結成する際に尽力。その後、大
阪フィルハーモニー協会理事兼事務局長などを歴任した。著書に「そ
なた・こなた・へんろちょう」などがある。93年、勲四等瑞宝章を
受章。
9月 18, 2005 訃報 | Permalink
2005年8月31日 (水)
[訃報]レフ・ナウモフ/ピアニスト
【モスクワ発】名教師として現代ロシアの名ピアニストを数多く育
て、現存する数少ないゲンリヒ・ネイガウスの直弟子で助手も務めた
レフ・ナウモフが8月22日にモスクワで死去した。80歳だった。
去る2月12日にモスクワ音楽院生たちが生誕80年を祝ったばかり
だった。ナウモフは1950年にモスクワ音楽院で、リヒテルらの師
でも知られるロシア・ピアニズムの大御所ゲンリヒ・ネイガウスに師
事、卒業後の55年から実に50年にわたり同校で教鞭をとり、師の
伝統を後世に伝えた。弟子にはアレクセイ・リュビーモフ、アンドレ
イ・ガヴリーロフ、コンスタンチン・シチェルバコフ、アレクサンダ
ー・コブリンなど、日本でもおなじみのピアニストが多い。最近「ネ
イガウスの印のもとで」と題された回想録を出版したばかりだった。
ナウモフはまた、ヴィッサリオン・ヤーコヴレヴィチ・シェバリーン
門下の作曲家としても交響曲やカンタータ、日本の詩による歌曲集
などの作品を残している。
8月 31, 2005 訃報 | Permalink
2005年8月26日 (金)
[訃報]ロバート・モーグ/シンセサイザー開発者
【ニューヨーク発】モーグ・シンセサイザーの生みの親、ロバー ト・
モーグが7月21日、ノースキャロライナで亡くなった。享年71歳。
近年、モーグ初期のサウンドに対する再評価が高まり、2004年秋に
はドキュメンタリー「モーグ」がリリースされたばかりであった。
モーグは1934年、アメリカ・ニューヨーク生まれ。子供の頃から
電子楽器テルミンに興味を持ち、大学で物理学を学ぶ側ら自作のテルミ
ンの制作と販売 を始め、技術者としてだけでなく、早くからビジネスで
も才覚を発揮。60年代初頭には、作曲家のヘルベルト・ドイチェとの
協力関係が始まり、64年にはさまざまなモジュールを組み合わせた最
初のシンセサイザーの試作品製作に成功した。
当時、既に大学やヨーロッパの前衛音楽シーンでは、巨大なシンセサ
イザーによる様々な試みが行われていたが、モーグは楽器にキーボード
を付け、小型化に成功。大学の音楽学部を始め、リチャード・タイテル
バウム、ディック・ハイマン、ウォーター・カーロスといった作曲家、
そして数多くのロック・バンドに急速に受け入れられていった。
8月 26, 2005 訃報 | Permalink
2005年8月13日 (土)
[訃報]指揮者/榊原栄
指揮者、作曲家として活躍した榊原栄(さかきばら・さかえ)が8月
11日、心不全で亡くなった。59歳だった。指揮や作曲だけでなく、
アレンジ、CMの音楽制作からラジオのパーソナリティまでこなす幅広い
活動で知られた。
東京芸術大学、テキサス大学で学び、指揮を岩城宏之、作曲を山本直
純、リック・ローンの各氏に師事。1989〜92年、オーケストラ・ア
ンサンブル金沢の専属指揮者を務め、95年にはキエフ国立室内オーケ
ストラの客員指揮者、99年からは竜洋町音楽祭・竜洋フェスティバル
オーケストラの音楽監督、2000年からはスーク室内管弦楽団の首席
客演指揮者を務めていた。
前夜式:8月13日(土)18:00
告別式:8月14日(日)13:30
場所:「カドキホール」神奈川県鎌倉市御成町3の5
連絡先:ソニー・ミュージックアーティスツ (03-5414-7351)
[関連サイト] 榊原栄オフィシャルホームページ
http://www.e-jam.com/sakakibara/
8月 13, 2005 訃報 | Permalink