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2006年7月30日 (日)

シューマン没後150年

 【ボン発】ロベルト・シューマンの没後150年となる7月29日、「シューマン・ハウス」の正面入口前に新しく建てられたシューマンの頭像の除幕式が行われた。午後からはシューマン夫妻の眠るボン旧墓地の礼拝堂とシューマン夫妻の墓前で記念式典が行われ、一般市民など150人ほどが集まった。また、夜は「シューマン・ハウス」内でピアノ・リサイタルが行われ、アグネス・ヴォルフとパウル・グルダがシューマンの連弾曲や最後の作品《ガイスターヴァリアツィオーン》と、同作品をテーマにしたブラームスの連弾曲《10のヴァリエーション》を演奏した。
 シューマンは150年前の7月29日午後、ボン市内のエンデニヒの精神療養施設で46歳の生涯を閉じた。この施設が現在の「シューマン・ハウス」で、シューマン関係の資料を集め、コンサート等も行っている。なお、ボンでは10月29日から11月12日まで、シューマン・フェスティヴァル《エンデニヒの秋》を開く。

7月 30, 2006 |

2006年7月29日 (土)

バイエルン州立歌劇場、メータの指揮棒をオークションへ

 【ミュンヘン発】バイエルン州立歌劇場が27日、今シーズンで任期を終え退任する音楽総監督(GMD)のズービン・メータのサイン入り指揮棒をオークションにかけ、北ドイツ出身の男性が1300ユーロ(約19万円)で競り落とした。オークションは歌劇《タンホイザー》の公演休憩中にヨナス支配人が行ったもの。
 メータの指揮棒については、もう1本のサイン入り指揮棒がインターネット・オークション「eBay」にも出品されており、27日(木)から7月30日(日)23時(現地時間。日本時間31日、午前6時)までオークションにかけられる。「eBay」に到達するには、www.ebay.de/ を開き、Musikinstrumente を選び、mehta と書き込む。
 オークションの売り上げは、同オペラの託児施設≪Die Theaterfloehe e.V. (劇場ちびっ子)≫に寄付されることになっている。

7月 29, 2006 |

2006年7月28日 (金)

第37回「イタリア声楽コンコルソ」
第42回「日伊声楽コンコルソ」の入賞者決定

 【東京発】次代の日本オペラ界を担う人材発掘を目指して行われる「イタリア声楽コンコルソ」の本選会が7月2日、すみだトリフォニーホールで行われ、ミラノ大賞を二期会会員の桝貴志(バリトン)が、シエナ大賞を藤原歌劇団の須藤慎吾(バリトン)が受賞した。
 一方、松本美和子、林康子、出口正子、市原多朗らを輩出した日伊声楽コンコルソの本選も7月9日、東京文化会館で行われ、第1位と歌曲賞に「イタリア声楽コンコルソ」でシエナ大賞を受賞した須藤、第2位は二期会の新垣有希子 (ソプラノ)が、第3位も同じく二期会の大塚博章(バス)が受賞した。優勝者には賞金100万円とYKK音楽賞として賞金50万円、イタリア往復航空券が贈られる。
 「日伊声楽コンコルソ」の1〜3位入賞者による「披露演奏会」が、8月24日にサントリーホールで行われる。

[日本イタリア協会]http://www.nipponitalia.com/
[第42回日伊声楽コンコルソ]http://event.yomiuri.co.jp/2006/concorso/home.htm

7月 28, 2006 |

2006年7月27日 (木)

サンクト・ペテルブルグで「露日音楽祭 100 / 120 / 75」

 【サンクト・ペテルブルグ発】サンクト・ペテルブルグで22日と25日、「露日音楽祭 100 / 120 / 75」が開催された。ショスタコーヴィチの生誕100年、山田耕筰の生誕120年、両者の歴史的邂逅の75周年を記念した音楽祭で、22日はシェレメチェフ宮殿、25日はサンクト・ペテルブルグ音楽院リムスキー=コルサコフ劇場で演奏会が行われ、日本ショスタコーヴィチ協会の会長でもある井上道義がサンクト・ペテルブルグ国立歌劇場管弦楽団を指揮してショスタコーヴィチの交響曲第1番、山田作品を取り上げた。演奏会にはサンクトペテルブルグ在住の歌手、東佐智子なども出演した。
 山田耕筰は1931年7月に旧ソ連を楽旅し、旧レニングラードで歌劇《黒船》の抜粋など、自作を指揮した。その演奏会には当時25歳のショスタコーヴィチも列席したが、数日後にモスクワで正式に会見した。山田はショスタコーヴィチの才能に感服し、彼の交響曲第1番のスコアを持ち帰り、同年10月25日に日本青年館で新交響楽団(現在のNHK交響楽団)を指揮して本邦初演を行なうなど、ロシア・ソビエト音楽の普及に多大な貢献をしていた。

7月 27, 2006 |

2006年7月26日 (水)

バイロイト・ワーグナー音楽祭開幕

 【バイロイト発】今年のワーグナー音楽祭が7月25日、マルク・アルブレヒトの指揮、クラウス・グートの演出による《さまよえるオランダ人》で開幕した。今年の音楽祭は、音楽祭の最大の売り物である《ニーベルングの指環》4部作が新演出で登場するのが最大の話題。演出はタンクレート・ドルストで、クリスティアン・ティーレマンが指揮する。ヴォータンはファルク・シュトゥルックマン、ジークムントにエントリック・ヴォトリヒ、ジークリンデにアドリアンネ・ピエチョンカ、ブリュンヒルデにリンダ・ワトソン、ジークフリートにステフェン・グールド、ハーゲンにハンス=ペーター・ケーニヒらが起用され、8月28日の閉幕までに合わせて3回のチクルス上演を行う。他に上演されるのは、クリストフ・マルターラーの演出、ペーター・シュナイダーの指揮による《トリスタンとイゾルデ》、クリストフ・シュリンゲンジーフの演出、アダム・フィッシャーの指揮による《パルジファル》。

7月 26, 2006 |

2006年7月25日 (火)

ザルツブルク音楽祭が開幕

 【ザルツブルク発】欧州最高の音楽イベントの1つ、ザルツブルクの夏の音楽祭が23日、開幕した。今年の音楽祭は、オーストリア・ザルツブルク生まれの作曲家モーツァルトの生誕250年に当たり、モーツァルトの22のオペラが一挙に上演されるなど、これまでに例のないプログラムが組まれている。23日の開会式は、リニューアル・オープンした祝祭劇場小劇場で行われ、小劇場は「モーツァルト・ハウス」と命名された。

7月 25, 2006 |

テオ・アダム、ステージから引退

 【ドレスデン発】「宮廷歌手」の称号を持つ、ドイツの名バス・バリトン歌手テオ・アダムがこのほど、80歳の誕生日を迎える機会に今年で歌手生活を引退すると発表した。引退公演は誕生日(8月1日)後にドレスデンのザクセン州立歌劇場で上演する《魔弾の射手》で、「隠者」役を歌う。12月2日がアダムの最終出演となる。アダムは1949年に同じ役で、オペラ・デビューしている。
 アダムは1926年、ドレスデン生まれ。ドレスデン十字架合唱団メンバーを経て、第2次世界大戦で音楽教育は中断したが、オペラ・デビュー3年後にはバイロイト・ワーグナー音楽祭に出演し、70年代までバイロイトの欠かせないメンバーの一人だった。また、53年から25年にわたり、ベルリン国立歌劇場(現在のベルリン州立歌劇場)の専属歌手を務め、ミラノ・スカラ座、ニューヨ−ク・メトロポリタン・オペラなど、世界の著名な歌劇場に客演を重ねてきた。

7月 25, 2006 |

2006年7月21日 (金)

小澤征爾、マーラー《復活》で活動再開

 【名古屋発】指揮者の小澤征爾が20日、名古屋で「小澤征爾音楽塾オペラ・プロジェクト7」の指揮台に立ち、マーラーの交響曲第2番《復活》を指揮して国内での活動を再開させた。小澤は今年1月から、音楽監督を務めるウィーン国立歌劇場など国内外の公演をすべてキャンセルして静養に務めていたが、この6月にスイスで音楽活動を再開させている。日本では今回が約9カ月ぶりの公演で、8月には長野県松本市で開かれる「2006サイトウ・キネン・フェスティバル松本」に参加し、ウィーンには来年4月に復帰する予定。

7月 21, 2006 |

2006年7月19日 (水)

岩城宏之のお別れの会に1200人

 【東京発】指揮者の故・岩城宏之(6月13日死去、73歳)の「お別れの会」が18日午後、東京都港区のサントリーホール小ホールで行われ、ファンなど約1200人がホールの外まであふれた。会場には舞台に高さ5メートル、幅8メートルに色とりどりのバラが敷き詰められた祭壇が作られ、ほおに手をあてほほ笑む岩城さんの写真と愛用の指揮棒が置かれた。まずお別れの会の代表を務めた指揮者の外山雄三が「どれほど傑出した指揮者であったか。時に乱暴に見えても心配りのこまやかな人だった」と故人を追悼。続いて、NHKの橋本元一会長、作曲家の林光らがお別れの辞を述べた。また、喪主で妻のピアニスト、木村かをりが「かっこよく生きたい、かっこよく死にたい、と言っていた。音楽一筋の充実した生涯でした」とあいさつに立った。この日はNHK交響楽団、オーケストラ・アンサンブル金沢、京都市交響楽団、札幌交響楽団の有志も傘下。岩城が「いちばん好き」と言っていたベートーベンの交響曲第8番をそのメンバーが演奏する中、次々に献花が行われた。

7月 19, 2006 |

2006年7月17日 (月)

第21回シュレスヴィヒ・ホルシュタイン音楽祭開幕

 【ハンブルク発】第21回シュレスヴィヒ・ホルシュタイン音楽祭が21日、クリストフ・フォン・ドホナーニ指揮の北ドイツ放送交響楽団のコンサートで公式に開幕した。今年の開幕コンサートはリューべックのコングレス・ハレで行われ、プログラムは、シューマンのピアノ協奏曲(ソリスト:クリスティアン・ツァハリアス)、マーラーの交響曲第1番《巨人》。このコンサートは3satを通じヨーロッパ各国にライヴ放映された。
 音楽祭の今年のテーマ国はオランダで、オランダのベアトリクス女王とドイツのケーラー大統領も臨席し、ハンブルクやシュレスヴィヒ・ホルシュタイン州内各地で9月3日まで140回以上のコンサート等、各種催しが行われる。また、音楽祭の大きな柱の一つに教育プログラムがあるが、開幕コンサートに先立ち、指揮者のトン・コープマンやバリトンのトーマス・ハンプソンが既にマスター・クラスを開始している。http://www.shmf.de/

7月 17, 2006 |

2006年7月16日 (日)

イタリアの国際モーツァルト協奏曲コンクール
近藤恵美が3位に

 【ミラノ発】徳島在住のフルート奏者、近藤恵美(28)がこのほど、イタリア・ロヴェレートで行われた第3回「国際モーツァルト協奏曲コンクール」のフルート部門で、日本人初の三位に輝いた。ロヴェレートはイタリア北部にあり、モーツァルトがヨーロッパ各地を演奏旅行した際に立ち寄った街。コンクールは、イタリアのモーツァルト協会が2年に一度開いているもので、フルート以外にオーボエ、クラリネット、ファゴット、ホルンの各部門がある。
 今年のコンクールには、フルート部門には、地元イタリアをはじめドイツ、ロシア、アメリカ、韓国などから約二十人が出場。六月七日の本選では、地元のプロ楽団ハイドン・オーケストラと共演、近藤はモーツァルト作曲の課題曲のうち「フルート協奏曲ニ長調」を演奏した。
 近藤は国立音大器楽科フルート専攻を卒業後、二〇〇一年にドイツのマンハイム音楽大に留学、さらに国家演奏家課程で学んだ。帰国後は、徳島県内で活動を続けている。

7月 16, 2006 海外ニュース/その他 |

2006年7月14日 (金)

レヴァインが指揮台に復帰

 【ボストン発】三月に肩を怪我して以来、指揮台から遠ざかっていたジェームス・レヴァインが月7日、タングルウッド音楽祭のオープニング・コンサートで四カ月ぶりに音楽活動に復帰した。レヴァインはボストンの舞台で転んで肩の腱板を損傷、手術を行っている。レヴァインは休養中の減量の成果もあってか一回りスリムになって登場した。
 この日のプログラムは、怪我した時と同じボストン交響楽団によるベートーヴェンの《第九》を中心としたもの。もともと動きの少ない指揮をするレヴァインだが、怪我の後遺症も特に感じられず、先ずは好調の復帰コンサートで、新聞の批評も好評だ。ラジオのインタビューでは、肩を長いこと固定していたことによる痛みはまだ残るものの、後遺症の心配はなく、休養によってむしろリフレッシュできたと明るく語っている。

7月 14, 2006 海外ニュース/その他 |

2006年7月12日 (水)

ユリア・フィッシャー、フランクフルト音楽大学教授に就任

 【フランコフルト発】今年、開場5周年を迎えるフランクフルトのコンサート・ホール「アルテ・オーパー」がこの秋、2006/07シーズン開幕に25周年記念コンサート・シリーズを行うことになった。シリーズはドイツの若手ヴァイオリニスト、ユリア・フィッシャー(23歳)に捧げられ、「演奏家のポートレート、ユリア・フィッシャー」と題して5回のコンサートを行う。フィッシャーは2003年、19歳の時に同ホールの開幕シリーズ「Auftakt」にも迎えられ、今回はそれに続くもの。彼女はこのコンサート・シリーズで、ヴァイオリン・ソロの他、指揮も行う。
 フィッシャーはヴァイオリンのソロ活動以外、室内楽活動にも積極的に取り組み、ピアノの腕前もプロ級として知られる。この秋からはフランクフルト音楽大学教授に就任する予定。フランクフルトでのコンサートは以下の通り。
 ・8月31日20時:ジャン=イヴ・ティボーデ(ピアノ)とのデュオ
 ・9月2日20時:ダニエル=ミュラー・ショット(チェロ)、ティボーデとのトリオ
 ・9月5日20時:アカデミー室内管弦楽団との弦楽五重奏と弦楽八重奏
 ・9月7日20時:アカデミー室内管弦楽団とヴァイオリン・ソロ、指揮
 ・9月8日20時:アカデミー室内管弦楽団、ティボーデとの二重協奏曲演奏と指揮

7月 12, 2006 海外ニュース/その他 |

2006年7月11日 (火)

ロイヤル・オペラ、減量に成功したデヴォラ・ヴォイトを再雇用

 【ロンドン発】ロイヤル・オペラが2007/08シーズンに再演する《ナクソス島のアリアドネ》で、ソプラノのデヴォラ・ヴォイトを主役アリアドネ役に起用することになった。ヴォイトは2003年の《ナクソス島のアリアドネ》のプレミエ公演時、肥満が原因で予定されていたアリアドネ役から降ろされていた。ロイヤル・オペラ側はこの時、「彼女は黒のミニドレスを着て現れるこのプロダクションのアリアドネの舞台イメージに合わない」と説明したが、ヴォイトは記者会見してこれに抗議していた経緯がある。その後、ヴォイトは胃のバイパス手術を受け、実に20キロ以上もの減量に成功、ニューヨーク・メトロポリタン歌劇場に復帰して大きな話題となっていた。

7月 11, 2006 海外ニュース/その他 |

2006年7月10日 (月)

ベルリン州立歌劇場の改修工事、国がまずゴーサイン

 【ベルリン発】ドイツ政府は7月5日の閣議で、ベルリン州立歌劇場の改修工事に5000万ユーロ(約73億ユーロ)の公的補助を供与することを決定した。ただし、ベルリン市が国と同額の公的補助を供与することが条件とされた。旧東ドイツ時代は国立劇場だったベルリン州立歌劇場は、建物、舞台機構が老朽化、今すぐにでも修復・改築工事に入りたい状況。実際、これまでにも何度となく、公演が中断されたり、公演が変更されたりしている。
 改修工事には1億3000万ユーロ(約190億円相当)と見積もられており、経済界などのスポンサーで構成される後援会側では3000万ユーロ(約44億円相当)を用意すると表明していたが、国とベルリン市(州に相当)からの公的補助がどのくらいになるのかがポイントになっていた。特に、ベルリン市の財政が極度に厳しい状況で、国から相当額の公的補助がないと、改修工事の計画を進めることができないままになっていた。
 国からの補助は2008年から供与されるが、ベルリン市側からの補助はまだいつ頃から供与できるかわからない状況。現在の計画では、工事には全体で5年半の時間が必要と見込まれており、そのうち2008年から2011年の間が主な工事期間になる模様。そのため、後援会からの資金でまず工事計画を開始した後、国の補助で工事を進め、最後にベルリン市の補助で工事が終了されることになると予測されている。なお、工事期間中は、おそらく2シーズンほど建物を閉鎖しなければならないとみられる。

7月 10, 2006 海外ニュース/その他 |

2006年7月 9日 (日)

エクサン・プロヴァンス音楽祭が《リング》で開幕

 【エクサン・プロヴァンス発】南仏エクサン・プロヴァンス音楽祭が2日、ザルツブルク・イースター音楽祭との共同制作による《ラインの黄金》で開幕した。《ラインの黄金》はステファン・ブラウンシュヴァイクの演出で、サイモン・ラトル指揮のベルリン・フィルによる演奏。今回の《ニーベルングの指環》4部作は、2010年までイースター音楽祭に先行して、エクサン・プロヴァンス音楽祭で上演される。現地は日中の気温が連日35度以上という猛暑のため、開演が22時になった。
 今年の音楽祭のオペラ公演は、《ラインの黄金》、モーツァルト《魔笛》、ロッシーニ《アルジェのイタリア女》、ファリャ《ペドロ親方の人形芝居》&ストラヴィンスキー《きつね》&シェーンベルグ《月に憑かれたピエロ》、・パーセル《ディドーとイーニアス》。このうち、《ラインの黄金》、《魔笛》、《アルジェのイタリア女》が新演出で、《魔笛》はクリスティアン・ルーパ演出、ダニエル・ハーディング指揮のマーラー室内管弦楽団。一方、《アルジェのイタリア女》はトニ・セルヴィッロ演出、リッカルド・フリッツァ指揮のマーラー室内管。
 また、オペラ上演の他、オッフェンバックの《ぺリコール》をジュリー・ブローシェンが翻案した演劇「ぺリコールの真実の物語」、アンサンブル・アンテルコンタンポランによるコンサート、そして、ラトル&ベルリン・フィルがセザンヌの没後百周年を記念してサント・ヴィクトワール山の麓で行う無料コンサート(マーラーの交響曲第五番)といったプログラムが組まれている。

7月 9, 2006 海外ニュース/その他 |

2006年7月 8日 (土)

W杯決勝の盛り上がりでオペラ上演を延期

 【ローマ発】W杯決勝を日曜日に控え、自国チームの決勝進出に沸くイタリアで、なんとオペラの上演が延期される事態となっている。延期されたのは、古代ローマ時代の遺跡カラカラ浴場で行われている野外オペラで、午後9時からの《蝶々夫人》の上演が翌日に延期された。また、各地のコンサートなども延期の方向で調整中という。もし決勝戦でイタリアが勝った場合、街に繰り出したファンが車やバイクのクラクションを鳴らしたりして大騒ぎすることが予想され、上演しても騒がしくてまともに舞台を楽しめないことを危惧しての決定という。

7月 8, 2006 海外ニュース/その他 |

2006年7月 7日 (金)

モーツァルトの妻コンスタンツェ
78歳の写真見つかる

 【アルトエッティング発】モーツァルトの妻コンスタンツェの写真がドイツ南部アルトエッティングの公文書館で見つかり、6日に公開された。見つかった写真は、コンスタンツェが78歳の1840年10月、スイス人の作曲家マックス・ケラーの自宅で撮影されたもので、長く行方が分からなかったもの。公文書館によると、コンスタンツェが写真に写ったのは生涯で1度だけとされ、発見された写真はそのオリジナルの写真を19世紀後半に複写したもの、という。コンスタンツェは1791年にモーツァルトが死去した時は29歳で、その後、デンマークの外交官と再婚。夫妻でアルトエッティングのケラー家をよく訪れており、その時に撮影されたという。写真が撮影された2年後の1842年に亡くなっている。

7月 7, 2006 海外ニュース/その他 |

2006年7月 6日 (木)

モーツァルトの未完のオペラ《カイロの鵞鳥》世界初演

 【モスクワ発】オスタンキノ領地博物館で6月28日、モーツァルト未完のオペラ・ブッファ《カイロの鵞鳥》K.422の補筆完成版が世界初演された。演奏はオレグ・フジャーコフ指揮の室内管弦楽団「オルファリオン・アンサンブル」とヨーロッパ歴史的劇場ロシア支部により、ウエッカート教授自ら監修。8月には同じメンバーによりザルツブルクでも上演が予定されているという。
 《カイロの鵞鳥》は、モーツァルトが1783年に作曲を開始したものの、台本作家の怠慢で6つのナンバーのみで終ってしまった作品。ハンブルク音楽大学教授のハンス・ウエッカートが一幕作品(モーツァルトの構想は2幕)に蘇らせたもので、台本はアンナ・ベルガモが新たに書き下ろし、ウエッカート教授はスケッチなどの素材を活用するのと同時に、モーツァルトの他作品からの借用も試みているという。

7月 6, 2006 海外ニュース/その他 |

2006年7月 4日 (火)

音楽賞「エコー・クラシック」発表

 【ベルリン発】ドイツの権威ある音楽賞「エコー・クラシック」の受賞者がこのほど発表された。各部門の受賞者は、最優秀歌手がメゾ・ソプラノのチェチーリア・バルトリ、最優秀オペラ歌手がルネ・フレミング、最優秀指揮者はダニエル・バレンボイム。また、特別賞「音楽大使」はホセ・カレーラスで、長年にわたり、白血病の研究、治療を支えた人道的な活動が評価された。

7月 4, 2006 海外ニュース/その他 |

2006年7月 3日 (月)

小澤征爾が復帰、半年ぶりにスイスで指揮

 【ジュネーブ発】病気療養のため、1月から療養生活を送っていた指揮者の小沢征爾(70)が6月30日、スイス・モントルー近郊で音楽活動を再開させた。その舞台となったのは、昨年から小澤が始めた「スイス国際音楽アカデミー」。若手音楽家を対象に室内楽を指導するセミナーで、今年は日本をはじめ、世界各国から約30人が集まり、小澤はモーツァルトのディベルティメントやチャイコフスキーの《弦楽セレナーデ》などの指導を行った。

7月 3, 2006 海外ニュース/その他 |

2006年7月 2日 (日)

【訃報】ジュメーヌ・ムニエ/ピアニスト

 ピアニスト、また指導者として、日本人ピアニストを数多く育てたジュメーヌ・ムニエが2日までに、パリで亡くなっていたことが分かった。日本の音楽関係者に入った連絡によると、亡くなったのは6月26日。86歳だった。ムニエはパリ国立音楽院、エコール・ノルマルの教授を務めるなど、フランス・ピアノ教育界の重鎮。大阪国際コンクールの名誉芸術監督を務めていた。

7月 2, 2006 訃報 |

2006年7月 1日 (土)

ウィーン・フィルが初の夏期アカデミー

 【ウィーン発】オーケストラ界の最高峰ウィーン・フィルがこの夏、ザルツブルク音楽祭の期間中に初めてサマーアカデミーを行うことになった。7月30日から8月26日まで行われ、対象はヴァイオリン、ビオラ、チェロ、コントラバス、オーボエ・イングリッシュホルン、トロンボーン。ウィーン・フィルのメンバーから集中的に直接学ぶことで、オーケストラのオーディションに向けての準備にもなるという。ウィーン・フィルのホームページから直接問い合わせる。

7月 1, 2006 海外ニュース/その他 |